もし、
貴方が、今、
この空を見ていたなら……、
こんな気持ちを、
抱いたのだろうか。
季節はもう、暦の上では疾っくの昔に春を迎えてしまっていて。ついでに言えば、恋人達の一大イベントであるバレンタインデーも、ホワイトデーも過ぎてしまっていて。そう、もう、三月も終わる頃だというのに…早朝の空気は、未だに刺すような冷たさで。
バレンタインデーに渡し損ねた群青色のマフラーをふわっと首に巻き直してみたりしても、肌に感じる冷たさは鋭敏さを増すばかりで、あたしの頑固な涙腺と同じく、ちっとも弛む気配はない。
何でも話せる友達でもいたのなら、もう少し違っていたのだろうか。
「あたしって、寂しい子ぉー」
こんな時に、話を聞いてくれる友達もいない。
そう地面に向かって小さく呟いて、はあ、と浅く溜め息を吐いた。その吐息は、マフラーに当たって口元に戻ってくる。その、少し湿った暖かい空気をどこか不快に思って、眉をしかめた。
「あたしって、寂しい子ぉ…ホントに……」
まだ日も出ていない時分のせいで、相模川の川岸に人影はない。だからだろうか。その小さな呟きも、静寂の中ではやけに大きく、響いて聞こえた。
はああ、と、今度は深く溜め息を吐くと、たまたま足元にあった石塊をコレと決めて蹴っ飛ばした。コツン、カツン、と他の石塊にぶつかって、なかなか思うように転がらない。2、3回その石塊を蹴ってみたけれど、五歩かそこら、進めるのがやっとだった。ちっとも進まない石蹴りに飽きて、つい空を見上げたら、コレと決めていたはずの石塊は、もう、その他大勢の石塊に紛れてしまっていた。
はあああ、と、さっきよりも更に深い溜め息を吐く。ふと目に入った大きめの岩に腰掛けた。そして、また空を見上げる。ただ、今度は意思を持って。
東の空が白み始め、間もなくの夜明けを知らせていた。
そっと目を瞑ると、頬を刺す冷たさは、まるで心臓を刺しているかのように感じられた。
あたしって、進歩ないなあー…
そのまま目を開けて、瞬きもしない。してしまったら最後、止まらない気がした。
この、今にも溢れそうな、涙 が。
To be continue.
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もし、
貴方が、今、
この空を見ていたなら……、
こんな気持ちを、
抱いたのだろうか。
彼と出会ったのは、まだ、一日が長く感じられていた時だった。あたしは、何度も何度もやってくる単調な日々を、特に意識することもなく、ただ、そこにある時間を、遣り過ごすためだけに使っていた。
毎朝七時に目覚ましで起きて、顔を洗って朝食を食べて、歯を磨いて制服を着て。チャリに乗って約十五分、通学路にあるコンビニで昼食とお菓子を買って、遅刻ギリギリに校門に滑り込む。それからクラスメイトと他愛もない話をして、担任が来るまでの時間を潰す。
ああ、また、だ…。
彼は、いつも一人で居た。新しいクラスになって、既に三ヶ月が経とうとしているというのに。誰が話し掛けても、うん、とか、ああ、とか愛想のない反応しかしないせいで、今では誰も話し掛けようとしない。仕方ないといえば、仕方のないことだ。
そして彼は、つまらなそうな顔のまま、ずっと分厚い本を開いている。
どうして目に着いちゃうんだろ…あんな、根暗。
それは、恋心だったのだろうか。彼を見て胸が時めくことも、頬が紅潮することも、なかったけれど。ましてや彼の隣にいるところなど、想像しようとさえ思わなかった…ただ、目に着いた。
担任が教室に入ってくると、騒めきつつも徐々に席が埋まっていく。
あたしの席は窓際の一番後ろ。彼の席はあたしの斜め前の前。だから授業中は、意識なんてしなくても、黒板を見さえすれば嫌でも視界に入ってくる。
彼の、後ろ姿が。
でも、ぶっちゃけ彼に特に目立つトコロはない。彼の容姿もいたって平凡だった。普通より少しだけ低い身長で、割とやせ形。制服は、まあ適度に着くずしてはいるが、目立つ程ではない。肌は男子にしては少し白いものの、顔立ちはそこそこ男顔。奥二重に茶味がかった瞳、割と薄めの唇で、鼻筋は、まあ通っているとは言い難いかもしれない。その中で目立つとすれば、髪の毛だろうか。パーマのかかった短めの髪が、日に当たると茶色く見える。
もちろん、当時も茶髪なんて珍しくもない。現に、クラスメイトにだって何人も茶髪はいた。ただ、彼の備え付けた茶髪だけが、やたらとあたしの目を引いた。
To be continue.
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もし、
貴方が、今、
この空を見ていたなら……、
こんな気持ちを、
抱いたのだろうか。
あたしは、彼とは一度しか話したことがない。けれど、とても強く印象に残っている。やはり何故だかわからないけれど。
あれは、十二月の中頃だったと思う。冬休みの直前のことだ。学校はテスト週間で、普通は午前だけで帰宅だった。
なのに、あたしは頭髪服装検査に引っ掛かってしまい、呼び出されていた。約三十分の説教のあと教室に戻ると、テスト期間のせいもあるだろう、もう誰もいなかった。
「みんな薄情だなあー」
たぶん、あたしでも先に帰っただろうけど。
帰るか、そう思って、カバンからマフラーを取出し、コートを羽織った。と、ガラッとドアの開く音がした。
顔を向けると、そこにいたのは、彼だった。
え、なんでこんな時間にいんの?つか何を話せばいいんだろう…てゆうかどうしよう、返してくれんのかな…
内心では戸惑っていたものの、言葉は意外とすんなり出てきた。
「あれ?今帰り?」
「ああ…」
「遅くない?なんかあったの?」
「いや…図書室」
「あー、あたしは呼び出しだったんだあ」
「……」
「…本、おもしろい?」
「…まあ」
「でも、いつもつまんなそうな顔で読んでるよねえ…ね、オススメの本とかあるの?」
「…ない。人間と話してるよりはおもしろいから、読んでるだけ」
「あ…そう」
「……」
つまり、あたしとは話したくないってか…??
てゆか、あたしだって別に話したくなんてないっての。ただ会ったから、一応話
し掛けただけだし。
その物言いに、ムカムカして返す。
「じゃ、あたし帰るゎ。バイバイ、」
「…ああ」
彼は、一度もあたしと目を合わせることがなかった。そして、それが、あたしが彼と交わした、最初で最後の会話だった。
To be continue.
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もし、
貴方が、今、
この空を見ていたなら……、
こんな気持ちを、
抱いたのだろうか。
それから冬休みが始まるまでも、彼はしょっちゅうあたしの目についた。そして、彼は相変わらず、いつも本を読んでいた。
そういえば、あたしは冬休みに一度だけ、彼を見かけたことがあった。
その日、あたしは塾に行きたくなくて、ふらりと相模川の土手に向かった。なんとなく、心の据わりが悪かったのだ。なぜ相模川なのかはわからないけれど、昔から、心を鎮めるときにはそこが良かった。親に怒られたときも、先生に叱られたときも、テストの点数が悪かったときも…とにかく何かあれば、大抵そこに向かって気持ちを鎮めた。
土手のうえを、水面を見ながらゆっくり歩く。自然と、頭のなかは彼のことでいっぱいになった。
やっぱ、好き なのかも。
どうせあたしは、自覚したところで、あんな根暗を好きだなんて友達には言えないし、本人にも伝えられないけれど。
と、街灯もほとんどあたらない、夜の闇に包まれた場所に、人がいるのに気がついた。あたしは、その人の纏う雰囲気から、確信をもてた。彼に間違いない。
彼は、黒いコートを着て、やっぱり斜め下を見ていた。さすがに本を読んではいなかったけれど、雰囲気から想像されうる表情は、やはり暗い。
何でこんな時に、こんな場所に…
不思議には思ったが、声はかけなかった。なんとなく、かけないほうがいいと思った。
その時、唐突に思った。
もしかして…彼も、心を鎮めにきている…?
あたしと彼は、似たもの同士なのだ、と、ようやく気が付いた。
彼は極端すぎると思うけれど、あたしも親しい友達は作れない。話す友達はいても、自分の内面的な話はしない。それに、正直なところ、他人と話していても楽しくない。むしろ、愛想笑いに疲れる。
なんだ…あたしたち、同族なんじゃん。
ただ、あたしよりも彼の方が強い、と思った。あたしには、とても独りでいる勇気はない。
でも、同族だと思えると、勝手に心が近づいた気がした。
ふと、あまりの静けさに周囲を見渡すと、歩く人がほとんどいない。時計を見ると、ちょうど塾の終わる頃だった。あたしは、心なしか足取りも軽く、家路についた。
To be continue.
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もし、
貴方が、今、
この空を見ていたなら……、
こんな気持ちを、
抱いたのだろうか。
しばらくして、冬休みが明けた。彼に会える…そう思うと、あたしの心は自然
と舞い上がった。
いつも通り友達と話ながら、珍しくまだ来ていない彼が来るのを待った。少し
して担任が入ってきたけれど、彼は、まだ来ていない。
遅刻かぁ、珍しいな…。
そう思い、彼を待って一日を過ごしていたのに…結局、彼は現れなかった。
次の日も、また次の日も来ない。さり気なくクラスメイトにその話題を振って
みても、興味のなさそうな応えしか返ってこなかった。
だからといってわざわざ担任に聞くのも憚られて、あたしは彼について、何も
知ることができなかった。
ふと思いついて、相模川にも行ってみたけれど、彼の姿はなかった。
彼が来なくなってから、一週間が経った。
あたしは相変わらず、何も知らなかった。時間だけが、過ぎていく。
「なんか最近、暗くない?」
友達に話し掛けられて、あたしははっとした。
「ぇ、」
「なんてゆうか…うわの空だよねー」
ねー、とみんなが同意の意を示す。
「そんなこと…ないけど」
「ホントにー?なんかあったんじゃないの??」
「いゃ…だいじょぶ、」
笑わなきゃ…。
「マジで何もないし!」
大丈夫、あたしは笑える…
「おーい、席に着けー」
担任が入ってきて、会話はそこで途切れた。
「えーっと、みんなにお知らせがあるんだが…最近、木原が学校休んでるのは知
ってるな?」
木原…俊哉。
彼が、どうかしたのだろうか…。
不安が、心を過る。
そして、えー、気付かなかったあ、などと無神経なことを言う男子を、思わず
睨み付けてしまった。もちろん、後ろから睨み付けているから男子は気付かない
けれど。
「急な話なんだが、家庭の事情で転校することになった。詳しいことは言えない
が、まだ家庭が慌ただしくて…挨拶には来れないそうだ」
ふぅーん、と、相変わらずクラスの雰囲気は冷たい。他のクラスメイトだった
ら、色紙を書こうとか、手紙を書こうとか、なったかもしれないけれど。
そのクラスの雰囲気に、担任も驚いているようだった。そして気まずそうに、
まぁそういうことだ、用のあるヤツは早めにな、と無理矢理締めると、事務連絡
へと入った。
そしてそのまま、あたしと彼の接点の一切は、消えていったのだ。
To be continue.
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